トモグラフィーで地下の構造を推測する

地震の震源から観測点までに地震波が到達するにかかる時間(走時)を、 さまざまな地震の震源と観測点の組み合わせで測ることにより、 地下の地震波速度の分布を推測することができます。 今回の演習では、この「トモグラフィー」と呼ばれる 手法により、地震波速度の分布を決定します。

【原理】

以下の図は、地球の断面模式図です。


「震源」から出た地震波は地球の中を伝わって地表に達します。 地球の中に地震波を早く 伝えるところ(地震波高速度領域)があると (例えば、図中の黒い領域) 、そこを 通過する地震波は通常の平均的な場所を通ってきた地震波よりも 早く地表に達することになります (例えば、図中では、地表の●印のところで地震波の到来は 早くなります)。

この関係を用いると、地表で波が早く到達した場所があると、 そこに伝わってきた波線のどこかに 波を早く伝える領域があることが推測できます。 ひとつの震源では、その領域が波線のどこなのかはわかりませんが、 複数の地震で調べると、その場所が特定できるようになります。

例えば、上の図のように、右と左の震源から伝わる波を観測したとき、 ●印で波の早い到達が観測されます。右の震源から●印への波線と 左の震源から●印への波線の交差する部分に、波を早く 伝える領域があることが推測できるようになります。

地震と観測点の多数の組み合わせで、地震波の到来の早い・遅いをみていれば、 地下のどこに地震波を早く、あるいは遅く伝える領域があるかが推測できます。 これが、地震波走時トモグラフィーです。

【方法】

以下のような断面図の設定を用いて、方法を具体的に説明します。 △のa,b,cが地表におかれた観測点で、ここで波の到来時刻を 観測しています。図は下向きに地表から深くなります。 ☆のA,Bが波の発信源(例えば、地震の震源)になります。

ここで、格子でわけられた四角形内の波の速度は一定であるとします。 四角形内の速度V1〜V9が知りたい値となります。

ここでは、地震波速度の変化によって波線が屈折することは無視して、 簡単のため、波線は観測点と震源を結ぶ直線として考えましょう。

観測点a,b,cと震源A,Bを結ぶ各波線を地震波が伝播するに必要な時間は、

となります。

上式の中のd1Aaは、観測点aと震源Aを結ぶ波線のうち、V1の速度をもつ 四角形内を通過する波線の長さ、d4Aaは、同じ波線のうち、V4の速度をもつ 四角形内を通過する波線の長さを示しています。 他についても、同じような形で、各四角形内での波線の長さを示しています。 これらの式は、


これらをベクトル表現にすると、


行列Dが与えられれば、 ベクトルtが観測されて、ベクトルsを推測するという問題になります。 十分な観測データがベクトルtとしてあれば、 ベクトルsを解くことが出来ます。

【演習の問題設定】

さて、今回の演習では、 以下の問題設定に対して、行列Dとベクトルtを作成し、 地下の速度構造であるV1〜V9の値を決定してください。 図中の格子間隔(各四角形の辺の長さ)は、横方向も縦方向も10kmです。


震源から観測点まで地震波が伝播するにかかった時間(走時)は、

震源Aから観測点bまで、5.9584秒
震源Aから観測点cまで、6.5116秒
震源Bから観測点aまで、6.0625秒
震源Bから観測点bまで、5.3349秒
震源Bから観測点dまで、5.9732秒
震源Cから観測点aまで、4.1753秒
震源Cから観測点dまで、4.6120秒
震源Dから観測点bまで、3.5994秒
震源Dから観測点dまで、4.2218秒
震源Eから観測点bまで、2.2198秒
震源Eから観測点dまで、5.1843秒
震源Fから観測点aまで、6.4992秒
震源Fから観測点cまで、3.9940秒

です。

通常のトモグラフィーでは、 ベクトルtの要素が未知数の数よりもたくさんあるため、 行列Dは正方行列にはなりません。

本問題設定でも、 方程式の数が未知数の数を上回っていて、 左辺(Dx)と右辺(t)は厳密に等しくなれません。 今回は、最小二乗法を使って、 Dxt となるxを求め、sの推定値とします。 最小二乗法では、次のように、 左辺と右辺の差の二乗和(E^2)を最小にするxを 求めます(上付きのTは、転置行列を表しています)。


これをもとにxを求め、sの推測値を得てください。 そして、得られたsの推測値から、地下の速度分布(V1〜V9) を求めてみましょう。 大文字のアルファベットが隠れています。さて、何でしょうか?

また、推測値sの共分散行列を以下により求め、各推定値(sの各成分)の標準偏差の値(標準誤差)も 見積もってください。


Excelでの逆行列、行列とベクトルの積などの行列計算の方法は こちら を参考にしてください。

しばしば、エクセルは行列計算の途中で固まります。 データを入力したり計算をしたりしたら、まめに、保存するようにしてください。

エクセルが固まってしまった場合や どこをクリックしても「~の一部~」が繰り返し出るような場合、 Escキーを押してみてください。復帰できる場合があります。

どのような震源や観測点の分布のときに、 sが推測できなくなるか、sが推測しやすくなるか も考えてみてください。